過去の日記

2010/03/18(木)
変化の季節
この春は、いろんな変化があります。

僕が草創期の3年間を過ごしたメビック扇町が、3月末で閉館。
4月からは西天満のデジタルエイトビル(旧関テレ)に移転し、
クリエイティブネットワークセンター大阪(仮称)開設準備室として
新たな一歩を歩み始めます。
http://www.mebic.com/

3/24(水)-27(土)には、ファイナルイベントが行われます。


僕がこの1年間所属していた、南森町のオルタナティブスペース
「208」が、3/23をもって活動を終了します。
http://www.mediapicnic.com/208/

3/20(土)-21(日)には、ファイナルイベントが行われます。


そしてさきほど大阪ガス本社から電話がかかってきました。
明日朝一に、異動発令を受けます。
ということで、僕は3月末で、大阪21世紀協会を離れます。


念のために。
コモンカフェは続けますよ。

ただし勤務地が京都や神戸や滋賀や和歌山に
なってしまうと、運営に大きく支障が出るため
そうならないことを祈っています。

そして扇町クリエイティブカレッジ!(OCC!)は
3月末でいったん終了します。

4月以降の仕事の様子を見て、やれそうであれば
ぼちぼち再開していこうと思います。


2010/03/17(水)
“喫茶店”の陥穽
今、カフェの本の修正を行っていますが
誰かに対して喋る時にはうまく伝えられるのに
原稿に向かい合った途端に表現が硬くなって
なんだか伝わりにくいものになってしまう
というジレンマを感じています。

自分で書かずにまず喋って、
それを起こして書いたほうがよっぽど早そうです。
人間の頭って、そう出来ているんでしょうか。


さて、この本のタイトルを「喫茶店入門」でいきます
と以前に書いたことがありますが、その後方向転換し
現在は「カフェ進化論」と想定して書いています。
まだ変更の可能性はありますが。

ここ1〜2年、“カフェ”ではなく
“喫茶店”を開く、というという傾向があり
去年にはそういう本も出始めていました。

僕の周りにも「喫茶○○」という名前で
開業する方がおられるのですが、実際お店を訪ねてみると
あれ?と思う状況に出会うことがままあります。

12月末に開業したお店。
2度行きましたが、2度とも同じ男性が
カウンター席にいて、自分のことばかり喋っていたり
突っ伏して寝ていたりしました。
ランチタイムになると、近所の工事現場で働いていた人が
入ってきて「ランチ4つ」と当たり前に注文します。

3月に開業したお店。
オープンして間もないのですが、すでに日に3度
お店に来る常連さんがいます。
僕が行ったときには、お店の中で買ってきた弁当を
食べていました。カウンターにはスポーツ新聞。

開店前に「スポーツ新聞を置いて」と言われても、
嫌だったら断るようにとアドバイスしていたのですが
聞いてみると、お客さんが自分で買って読んだものを
「置いといて」と置いていったのだそうです。

つまり“喫茶店”と名づけてそれっぽいお店を作った途端に
“喫茶店”になら入れるタイプの男性がやって来て
強力なカスタマイズ力をもって蹂躙しにかかるのです。
スポーツ新聞、コーヒーチケット、カレンダーなどが
強いリクエストとともにお店の場を占めるようになり
空間がだんだんヤニで汚れてきます。

これは日本の独特の喫茶店のありようを示しています。
日本では70年代まで、喫茶店は男性文化として
発達したのです。

コーヒー専門店の根底にはオヤジ文化があるんじゃなかろうか。
(中略)「違いのわかる男たち」は「○○は知っている」と
いわんばかりに、ブルマンのアロマがどうの、キリマンの酸味が
どうのとウンチクをたれる。
日本酒の地酒かあるいは希少なワインがたくさんあればあるほど
本格的な店とみなすのがオヤジ。質もさることながら、
いっぱい並んでいることが大切なのだ。
(ハナコウエスト1996.10月号「日本独自(?)の珈琲専門店に
 オヤジ文化のエッセンスをみた」文:永浜敬子)


雑誌などで「喫茶店開業」について調べてみると
最近“喫茶店”を開業している店主は、
かなり高い割合で飲食プロパーでないことに気づきます。

調理技術が高くなくても、焙煎や抽出技術を極めることで
お店に立てること、原材料のロス率が低いことなど
素人でも始めやすいという部分があってのブームだと
思いますが、女性が「喫茶○○」というお店を
開業する際には、男性常連客のカスタマイズに対して
一線を設けて臨むことをお薦めします。


2010/03/16(火)
生姜生活者
先日書いた「諦酒」という日記を読んだ方から
「それなら生姜紅茶を飲むといいですよ」
というお便りをいただきました。

作り方は「紅茶」+「すりおろし生姜」+「黒砂糖」で
一日3杯くらい飲んでいると、2週間くらいで、
酒後のしんどさが嘘みたいに全くなくなったそうです。
生姜が体温を上げるのがいいようです。

で、言われたとおり、この1週間、
生姜生活を続けています。
本当に効きますね、これ。
胃腸の調子が格段に違います。

まだお酒は再開していませんが
近いうちに復活できるのではと。


2010/03/14(日)
趣味と思想の存在拘束性
フランスの社会学者、ピエール・ブルデュー(1930-2002)。

彼は主著『ディスタンクシオン』の中で
「文化資本」という概念を提唱しています。

これは「経済資本」(=金銭・財力)と同じように
社会生活において一種の資本として機能することが
できる種々の文化的要素のことを指しています。

具体的には、学校などの教育機関によって教えこまれた
さまざまな知識、書物やテレビその他、多様なメディアを
通して獲得された全般的な教養、育った家庭環境や
周囲の友人関係を通して涵養された趣味、芸術との接触や
種々の人生経験によって培われた感性、さらには一定期間の
実践的な訓練によって習得されたもろもろの技能のことです。

この文化資本の中には、自然なふるまいとして
その保有者に身体化されるもの、家庭や階級の中で
継承されるものがあり、その継承が経済資本や
社会関係資本にやがて転化し、階級的卓越化を
再生産することを、ブルデューは指摘しています。


3/30(火)の夜にコモンカフェで
140Bの江弘毅さんと、このブルデューの
『ディスタンクシオン』の読書会をやります。

当日は原書の訳者でもある石井洋二郎さんの
差異と欲望―ブルデュー『ディスタンクシオン』を読む
の中から抜粋して、読んでいく予定です。

石井さんのこの本、とてもいいです。
ブルデューはかなり難解な物言いをする人で
原書は読みにくいのですが、この本は
ブルデューの言っていることを噛み砕いて説明しろ
と言われたらこう書くだろうなという本です。

この本を手がかりに、当日は現代の日本社会において
「ディスタンクシオン」はどのような現れ方を
しているのかを考えてみたいと思います。

ということで、もし興味ありましたら
3/30(火)、ご参加ください。
http://www.talkin-about.com/cafelog/?itemid=1024

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余談ですが、ブルデューが取り組んだ
「階級」というテーマについて、
もう少し深掘りをしてみようと、今は
オルテガ・イ・ガセット(1883-1955)の「大衆の反逆」と
カール・マンハイム(1893-1947)の「イデオロギーとユートピア」に
さらっと目を通しています。

オルテガの「大衆の反逆」はかなり読みやすい本です。
かつて指導される立場にあった大衆が、今や全てのものを
支配する権力の座に登ったという事実、その傾向と原因、
そして対策について書いています。

カール・マンハイムの「イデオロギーとユートピア」は
知識や思想というものは、それを考える人が所属する
集団や抱えている歴史的背景に拘束されている
ということを指摘し、このことを深く分析するには
階級的帰属による束縛から免れている〈インテリゲンツィア〉
がその担い手になるべきだと言っています。

ちょっとややこしく聞こえますが
3人とも「人が当たり前に自分のものだと思っている
趣味や振舞いや知識や思想は、実はその人を取り巻く
社会によってだいぶ規定されていますよ」
と言っている点で共通しています。

こんな話を、当日はしようと思っています。

ついでながら、3/23(火)19:30〜の、カフェ太陽ノ塔での
「博覧強記の夕べ」では、僕は「大衆の反逆」について
紹介しようと思っています。

こちらの方も、興味ありましたらお越しください。


2010/03/11(木)
龍馬伝中毒









にかかりました。

大河ドラマを見るようなタイプでも
そんな時間帯に家にいる人でもなかったのですが
正月の番宣を見て興味を持ち、第1回を観てから
すっかりはまってしまっています。

いいドラマの要素として
単に感動する、ということではなく
その世界の中にずっと浸っていたいとか
自分も末席に座ってずっと見ていたい
と思えること、というのがありますが
そんな感じです。

自分もものをプロデュースする側に
身を置いている立場上、この名状しがたい感じは
いったいどういうスパイスによって
もたらされているのだろう、とか考えます。
ひとつ、音楽の効果が大きいのではとみています。

毎回クライマックスに差し掛かる頃にかかる
ハミングのような音楽があるのですが
この曲がかかる時には、主人公たちはたいてい
夜の闇の中で意識を研ぎ澄ませています。

この時間に主人公たちは
現実や未来に向かい合うための
あるたたずまいを見せます。

龍馬が黒船に憧れたり
山本琢磨を逃がしたり
弥太郎が江戸に思いを馳せたり
牢屋の中で商売に目覚めたりするのです。

この音楽とこの演出にドライブされて
僕は中毒にかかっているのではと。

今日が日曜日でないことが心外です。


2010/03/10(水)
六甲山日和









先週末から、六甲山カフェの営業が始まりました。
http://www.yamacafe.com/

冬の間はお客さんが少なくなるので閉めるのですが
これから秋までは、週末には基本的には3組の店主が
お店を開けています。

僕は日曜の朝に上がってきました。
去年大動脈瘤破裂で一命を取り留め
今は健康のために毎日大谷茶屋まで上がってくる
というおばあさんとひとしきり話し込みました。


さて、来る3月28日(日)に、芦屋ロックガーデン・
高座の滝にて「六甲山日和」という催しを行います。

これは、六甲山カフェが大谷茶屋さんをお借りして
常設のカフェを開業することになって丸2年になるのを
記念してのイベントです。

昼の12時から3時までの間には
リュックサックマーケットをやったり
護摩堂の前でフリーライブをやったり
六甲山カフェ3組合同でカフェを営業したりします。

そして昼の3時になると、お金のやりとりを一切行わない
「ゆずりまいり」に移行します。

今回は多くの人を集めるというよりは
気の置けない仲間たちで春先にピクニック気分で集まる
という感じでいこうと思っております。

とはいえ、出店は自由、ライブも参加歓迎です。
興味ありましたら、singles@do.ai までご一報ください。
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「六甲山日和」

■開催日時  2010年3月28日(日)12:00〜16:00

■開催場所  芦屋ロックガーデン 高座の滝
兵庫県芦屋市山芦屋町1(阪急芦屋川駅より歩20分)

■内 容

◇六甲山カフェ営業、リュックサックマーケット、投げ銭ライブ 12:00〜15:00

◇「ゆずりまいり」の開催 15:00〜16:00

○参加される方には「自分にはもう必要ないけれど、きっと誰かの役に立つもの」を持参いただきます。
○参加される方には、目印として、首からスプーンを提げてきていただきます。
○持ってきたものをお互いに交換していただきます。

※誰も引き取り手がいなかったものは、各自責任を持ってお持ち帰りください。


2010/03/07(日)
大阪鍋談義









たった今、確定申告が終了しました。

これであと、外国人に関西を紹介するプロモーションツール
「DESTINATION KANSAI」と、「大阪鍋談義」パンフを作り、
カフェ本の原稿修正を仕上げ、ピエール・ブルデューの
「ディスタンクシオン」を読んで江さんとの勉強会の
準備をして、3/28(日)にイベント「六甲山日和」をすれば
ぶじ3月が終われます。

つまりまだまだ忙しい日々が続きます...

さて、今さらっと書いた大阪鍋の話をしましょう。


2年ほど前に、今の組織の上司から
「大阪の食ブランドを発信するにあたり、大阪の鍋料理に
 注目すると面白いと思う。ついては君、担当ね。」
と言い渡されました。

なんで大阪で鍋がブランドになるのかが
まったく理解も納得もできなかったので、
何人かの有識者に話を聞いたりしたものの、
そのままうっちゃっていたところ

「予算もつけたから、今年度中に必ず成果物を作るように」
と最近督促がありました。

この件ではこれまでいらぬ喧嘩を何度も重ねてきましたが
まったく聞いてもらえる気配もないので観念して、
大阪の鍋をフィーチャーした小冊子を作ることが
自分に課せられた課題だと割り切りました。

で、食方面、特に鍋料理に強い編集プロダクションを
知り合いに紹介いただき、一緒に企画を練り、
先週から一緒に取材活動を続けています。

「大阪の食ブランド」という切り口なので
美々卯のうどんすき、づぼらやのでっちり、
スエヒロのしゃぶしゃぶといった発祥系から
淀家のバカス鍋、マルミットの西洋鍋など
独自の創作鍋を出しているお店までを回り
創業から今に至るまでの話や、具材・だしに
ついてなど、いろいろ話を聞いています。

食材の選定と仕込みでは一切妥協をしない
職人としての矜持を持った大将やシェフの
話をじかに聞けるのは、とてもいい経験です。
実際に鍋をいただくことも多いのですが
料理というものの奥深さに、心打たれます。

鍋料理が大阪ブランドかどうかはさておき
これらのお店のことは、もっと多くの人に
知ってほしいと思います。

この小冊子は、3月末には上がる予定です。
予算上そんなに多くの部数は刷れないのですが
興味ある方はまたお声かけください。

(写真左)布施・岸田堂にある「海老蔵」のちゃんこ鍋。
伊勢海老や毛ガニやアワビがはいった豪華鍋に
一味とうがらしをふんだんにかけていただきます。

(写真右)「づぼらや」で頂いたふぐのひれ酒。
諦酒中ではありますが、「うちのひれ酒は絶品や!」
と勧められたからには、頂くしかありません。
絶品です。ホント。
ちなみに「づぼらや」には一日ひれをあぶっている
職人さんがいるそうです。


2010/03/02(火)
諦 酒
必殺に忙しい日が続いています。
日記を書いている暇もないほどです。

確定申告の時期になると
自分がいかにするべき仕事をしないで
日々過ごしていたかを実感します。

時間を無駄に過ごしているわけではないのですが
やりたい勉強をしたり、飛んでくる新たな仕事を
こなしている間に、根雪のようになっている仕事が
いつまでも溶けずに残ってしまっている感じです。

この2ヶ月近く、ほとんどお酒を飲まない
日々を過ごしています。

1日飲むと3日ほど体調が悪くなるので
これはそろそろ辞めないとまずいかなというのと
この際人生に対する態度を悔い改めようというのとで。

そして2ヶ月もお酒をほぼ飲まないでかかっても
消えてくれない根雪のような仕事群には、途方に暮れます。

書いておきたい話はいっぱいありますが
根を詰めて書く時間がないので、流すように
今後いくつかを書いていきたいと思います。


2010/02/21(日)
コミュニティカフェ考(2)
伏見青少年活動センターでの
コミュニティカフェのワークショップが
3回のうち、2回終わりました。

1回目のオープン形式の時には30名ほどの
参加があったので、それぞれ自己紹介とともに
「飲食としてのカフェ」と「人が集う場づくり」の
どちらに関心があるかを聞いてみました。

結果は「場づくり:8割 飲食:2割」でした。
名前が「つながりcafe」だからというのも
あるとは思いますが、今のコミュニティカフェに
対する認識をよく表した数字だと思います。

飲食に経験や関心がある人からも
「3年間飲食でバイトしたが、喜びは薄く辛かった」
「単なる飲食ではなく、人の集まる空間づくりをしたい」
といった声が聞こえてきました。

一方で、単なる茶飲み場を作るのではなく
キッチンを備え、フード・スウィーツを提供する
飲食店として回していくとなると
ある程度のスキルが求められます。

これは、対お客さんだけでなく
共同でキッチンを使うメンバーに対しても必要です。

コモンカフェから得られた貴重な経験の一つですが
飲食業、特にホールではなくキッチンを
長く経験してきた人は、キッチンの使い方に
高い美意識を持っています。

食中毒を出さないように、手洗いや食器の管理に
細心の注意を払う、コンロを使ったらごとくまで洗う、
最後には床を水洗いする、といったことは
彼らにとっては常識です。

グリストラップにたまった汚泥を素手でも掬える
ぐらいに根性の据わった人たちによって
コモンカフェのキッチンのメンテレベルは保たれています。

飲食経験のない人は、メンテナンスのポイントが
どこにあるのかが分からないため、経験者と未経験者が
キッチンをシェアすると、トラブルが頻発します。

そのため、運営マニュアルは経験者の目を通して作り
未経験者に徹底する必要があります。
(ちなみにコモンカフェには、最近は未経験者はほとんどいません)

一方で、場づくりやイベントに関心の軸がある人が
いろんな人を呼ぶことで、お店に活気が生まれます。
売上が上がるので、経営面でもプラスになります。

その際に起こる若干のメンテミスを注意しつつ
ある程度大目に見る、という微妙なさじ加減が
こういうシステムには必要です。

場づくりの人が好き勝手をして
お店のメンテをガタガタにしてしまうことと
飲食の人のダメ出しがきつすぎることで
場づくりの人が萎縮してお店に入らなくなることの
両方をうまく避けなければいけない。

これがコミュニティカフェ的なものを
現実にうまく回していくための
知られざる大きなポイントだということに
ワークショップをやっていて気づきました。


2010/02/12(金)
コミュニティカフェ考
“いわゆる世界同時不況以降、
 カフェ開業はますます難しくなっています。
 これからは起業よりもシェアですよ、ぐらいに
 言い切った書き方にしましょう!”

ということで、以前ミシマ社さんにご相談していた
カフェ本の原稿を、現在書き直しています。

そういうスタンスを取ってみると
これまで調べてきた喫茶店やカフェの歴史は
次に必然的に向かう道筋を
雄弁に語ってくれているように思えるから不思議です。
「カフェ進化論」みたいなタイトルに変えようかなと。

さて、また直前告知ですが、
明日から3週連続で、伏見青少年センターで
コミュニティカフェのワークショップをします。
http://www.eonet.ne.jp/~fushimi/images/cafeSupporterLec.PDF

ですが、僕はいわゆるコミュニティカフェというものに
ある違和感を覚えています。

それは一つには、コミュニティカフェが
枠組みやシクミの話から先に始まるということです。

たいていのお客さんが魅力を感じるのは、
一般名詞ではなく固有名詞です。

「大衆演劇」を見に行こう、ではなく、
「梅沢富美男」を見に行こう、なのです。

この人がやっているカフェに行きたい
この料理が食べられるカフェに行きたい
そういう具体的な話が先にあって
その具現化のためにカフェをつくる。

この順序を逆にすると、役者のいない劇場が
出来上がる可能性があります。

明日はその不安を抱えながら
集まった方々によるブリコラージュの可能性を
模索してみたいと思っています。


ついでながら、もう一つの違和感。

それは、まちなかにあって何十年も続いている
喫茶店や居酒屋の中には、コミュニティカフェとして
正しく機能しているお店がある、ということです。

そのことを知らずに、ポールポジションに
お店を作るということには、注意が必要だなと。


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