過去の日記

2019/05/25(Sat)
ナポリの庶民地区へ(4)


イタリアは長らく移民の送り出し元でしたが、
1970年代後半に英・仏・独が移民受入れを制限するように
なって以降は、イタリアへの移民が増えています。
ただ、その多くは豊かな北イタリアに向かい、
南にやって来る移民は多くないと言われています。

ナポリ中央駅周辺では、バルセロナと同じように、
トルコ人のケバブ屋やアフリカ人の偽ブランド売り、
またインド、スリランカや中東から来て洋服や雑貨を商う
人たちを多く見かけます。また麻薬や売春など、
イリーガルな仕事に手を染める人たちも多いとのこと。
彼らは現状を変えるための新天地を求めてナポリにやって来るのでしょう。

移民街を少し入っていったところの広場で、
フリーマーケットのように、布を広げて洋服や靴、
雑貨などを売っている男たちが一杯いたのですが、
何気に写真を撮ると、一人が「デリコ!」と叫びました。

「あ、やば」と思い、その男に近づいてカメラを示し、
撮った画像を削除して見せたのですが、周りから何人もが、
「デリコ!」「デリコ!」叫びながら近寄ってきたので、
僕は「Delete! Delete!」と言いながら走り去りました。
きっと偽物や盗品を商っていたのでしょう。
ここではWalkin’Aboutも命がけです。

写真は翌日夕方に同じ場所に行った時のものです。
僕が走り去った時には、この広場全体がマーケットでした。

最初は「なぜ行政や警察はこれを放置しているのだろう?」
と思ったのですが、彼らを見ていると健気にも思えてきます。
国を渡って来て、郊外に大勢で住み、車でここまで出てきて、
さして儲からないであろう物売りに日々勤しむ。
これを禁じると、彼らは食べていくため、国に送金するために、
もっとイリーガルなことに手を染めるに違いない。
そういう考えから放置しているのかも知れません。
(単に手が回っていないだけかも知れません)

移民の問題、貧困の問題を都市のレベルで観ていると、
「人は生きていくために、何の仕事に就くのか?」
という問いに対し、一人一人がどういう答えを出しているのか、
という風景が浮かび上がってきます。

合法的な仕事で全員を養うことができない都市では、
インフォーマル、イリーガルな生業が必然的に現れてくる。
それが蔓延すると、都市や住民に致し難いリスクをもたらし、
できれば住みたくない、一刻も早く立ち去りたい街になる。

こういう状況を、デザインで解決することはできるだろうか?
日本がこうなることはすぐにはないと思いますが、
少なくともヨーロッパの都市には、それが求められています。

*ナポリの治安については、こちらに詳しいです。
https://sekaitrip.com/napoli-public-safety


2019/05/25(Sat)
6/13(木)に帰国します


突然ですが、6/13(木)に日本に帰ることにしました。
そして日本での日常を再開します。

6/26(水)夜には、Talkin'Aboutを。
スペイン語版インターネット日本芸能百科事典
“ARTES ESCÉNICAS DE JAPON”を運営するマウリシオ氏に
日本の伝統音楽の魅力についてお話しいただきます。

Talkin’About「ビバ!日本伝統音楽」〜南米コロンビアの視点から語るその魅力〜
Viva! Japanese Traditional Music - a personal discovery from Colombia

2019年6月26日(水)7pm〜9pm
話題提供:マウリシオ・マルティネス・ロドリゲス氏
(スペイン語版インターネット日本芸能百科事典クリエイター)
場所:大阪ガス エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室 http://www.toshimiryoku.jp/access.html
 参加無料

南米コロンビアから来日し、日本・アジアの舞台芸能を研究しているマウリシオさんが今回のゲストです。自国の国立大学でチェロを学んでいたマウリシオさんは、民俗音楽学の授業で日本の伝統音楽に出会ったことがきっかけで研究の道に進み、現在はスペイン語圏に、日本・アジアの芸能を紹介するためのメディアを複数プロデュースしています。マウリシオさんが、南米から見ておよそ地球の裏側にある日本の、しかも伝統音楽に彼が魅了された理由は――? 作家のガブリエル・ガルシア=マルケス(ノーベル文学賞受賞)や、画家・彫刻家のフェルナンド・ボテロらが育んできたコロンビアの文化的土壌や、自ら運営しているスペイン語版インターネット日本芸能百科事典“ARTES ESCÉNICAS DE JAPON”の活動などをふまえて、日本の伝統音楽の魅力について語っていただきます。

Mauricio is a Japanese and Asian performing arts researcher from Colombia. He has been creating several online Medias to introduce Japan and other Asian countries' performing arts to Spanish-speaking countries. He is from the country of famous personalities such as the Literature Nobel Prize winner Gabriel Garcia Marquez and the worldly famous painter and sculptor Fernando Botero. He first learned cello, and then got fascinated of Japanese traditional music at an ethnomusicology class at the National University of Colombia. This time, Mauricio will talk about his Colombian cultural background, how he got attracted by Japanese traditional music, and his current research activity and development of the Web Encyclopedia of Japanese Performing Arts in Spanish.


また7/2(火)夜には、マチ会議を開催。
参加者それぞれに、どこかの街の話をしていただきます。
19:00〜@大阪ガス エネルギー・文化研究所 都市魅力研究室

*写真:バルセロナ・バルセロネータ地区


2019/05/24(Fri)
ナポリの庶民地区へ(3)


ナポリの庶民地区には、個人経営のピザレストラン、パン屋、バルなどが
街のあちこちにあります。エスプレッソは1ユーロ程度、
ピザは5ユーロ程度ととても安く、こうした飲食店が
地域にしっかりと根付いているのを感じます。

ナポリではチェーン店をあまり見かけませんでしたが、
「うちは何世代も前からこのピザ屋」という人たちが多く、
一般的マーケティングが成立しない土地柄なのだそうです。

実はどこで食べても味はそう変わらないようで、
日本でラーメン屋やカレー屋がそれぞれ独自に工夫を凝らし、
多様化することでお客さんを集めているのとは対照的です。
中橋さん曰く「食に対して保守的」なのだそうで。

個店がチェーン店に駆逐されない街というのは、
経済的に持続可能な社会のモデルにもなりそうですが、
一方で、南イタリアを出て北イタリアに向かったり、
海外に出て行ったりする人の数はかなり多いようです。

イタリアにはよく知られているように「南北格差」があり、
南イタリアは北に比べて収入が低く、貧困率が高くなっています。
バルセロナの旧市街でジェラート屋やイタリアンバルを
よく見かけましたが、彼らはより豊かになることを目指して、
まったりとした現状を越えていった人たちなのかも知れません。


2019/05/24(Fri)
ナポリの庶民地区へ(2)


僕が泊まった旧市街は、このサイトでは、
「歩いていると、狭い通りをスクーターが走り抜け、
 路地の一角やバールで近所の馴染みのおじさんたちが
 陽気に世間話をしている姿を目にすることも」という
いい雰囲気のエリアとして表現されています。
https://welove.expedia.co.jp/destination/europe/italy/24437/

実際にここを走り抜けているのは、オートバイです。
細い路地をクラクションを鳴らして走り抜けていきます。
車の運転は難しいほど狭いのですが、車も通ります。
歩行者を優先するという気遣いは一切ありません。
左の写真はPorta San Gennaro門の前を撮ったもので、
右側にはカフェのテラス席があるのですが、
その前をバイクがどんどん走り抜けていきます。

また、ゴミを平気で道に捨て、犬のフンも片づけないので、
路地は悲惨な状況になっています。何人かで喋っていた
近所のおばさんが、落ちていたペットボトルに近づいて
いったので、拾うのかと思いきや、蹴っ飛ばしていました。
この公共精神のなさには目を見張るものがあります。

南イタリアは貧しく荒廃していると聞いていたので、
そのためなのかと思っていましたが、中橋さんによると
「昔からずっとそうですよ」と。

19世紀のヨーロッパ都市を描いた絵に、アパートの
上の階の窓から汚物を捨てているものがよくあります。
下水道がなく、表の通りを馬車が走っていて、
馬のフンが落ちているのが当たり前だった時代には、
通りが汚いのは日常の光景だったのでしょうが、
住民のマインドは、あの時代で止まっているに違いありません。
http://karapaia.com/archives/52189909.html

この街ではまた、アパートの窓から紐をつけたバケツを
下に降ろし、1階のお店で商品を入れてもらって
引き上げるという「買い物」光景が日常的に見られます。
ベランダにバケツがある家が多いのはそのためです。

写真は実際にバケツを引き上げているところです。
観光地化している路地で、籐で編んだカゴを
下に下ろしている人形を見かけましたが、
つまり、住民たちは昔からそうしてきたのでしょう。

こういう、何百年もそのように暮らしてきた住民たちの
クラシックな営みは、飾らない素朴な魅力と言えなくもないですが、
少しはジェントリファイ(紳士化)した方がいいのでは、
とも正直思います。特にまちが汚いのは、何とかした方がいい。


2019/05/23(Wed)
ナポリの庶民地区へ(1)


おかげさまで、ヨーロッパ3都市訪問を終えて、
無事にケンブリッジのアパートに戻っています。
さて、今からナポリ編が始まります。

ナポリは、イタリア南部カンパニア州の州都です。
古代ギリシアの植民市に起源があり、
ローマ帝国の支配下に長くありました。
歴史的建築物が多く残されるナポリ歴史地区は
世界遺産に登録されています。

今回ナポリを訪れたのは、ナポリ在住で
地域再生に関する調査・執筆を行っておられる
中橋恵さんを訪ねて一緒にまちを見に行くことでした。

中橋さんが昨年共著で出された本はこちら
「イタリアの小さな村へ―アルベルゴ・ディフーゾのおもてなし―」

僕が泊まったのは、旧市街と呼ばれる地域です。
昔からの4、5階建ての建物が密集して建ち並び、
いい雰囲気の路地が縦横に走っています。
そんな一角のアパートの3階にできた、綺麗な部屋でした。
(その部屋の写真を撮り忘れてしまいましたが・・・)
https://www.booking.com/hotel/it/le3maschere.ja.html?aid=304142;label&fbclid=IwAR3qSH4Va8N15zZvFtqQeDNnmhDqPtVtjnebiZmkpYhs0w_UQtbu7YgtSsQ


2019/05/23(Wed)
バルセロナのジェントリフィケーション(8)


ラバルよりも西、モンジュイックの丘のふもとにある
イタリアンバルに、バルセロナ初日に入ってみました。

カウンター席では常連客二人とバーテンダーの女性が
笑いながら何かの話で盛り上がっていました。
その女性には英語が通じたので、サラダとビールを頼み、
ここがとてもいいお店であることを感じながら飲んでいました。

ビールをもう一杯頼んだ頃に、常連の二人が英語で話しかけてきました。
「日本といえば、僕らはARAREの大ファンだ。
 子どもの頃にドラゴンボールやARARE観て育った。
 これがカタルーニャ語のARAREだ」と、ユーチューブで
Dr.スランプのオープニングを見せてくれました。

ママは「この辺りは庶民的な地域。カタランを話す人も多いわ。
観光客がこのお店に入ってくることはほとんどないわね。」
お店の近くを昼にも歩いていましたが、ベランダに
「アスタラーダ」と呼ばれるカタルーニャ独立旗を
掲げている家が確かに多かったです。

お店は奥に長く、奥にはバーと別にキッチンがあり、
そこではママのご主人が調理をしていました。
ご主人はナポリ出身で、僕があさってからナポリに行くというと、
「ナポリはいい街だ。ぜひ楽しんで」とハグしてくれました。

翌日夜、11時半頃にお店を再訪するともう閉店前で、
ワインを1杯だけ頂きました。ママは黒人のようにも、
ヒスパニックのようにも見えたので、
出身を尋ねてみると「Guinea Ecuatorial(赤道ギニア)」と。
中央アフリカの海沿いにある小さな国です。
彼女の母国語はスペイン語で、それ以外に英語、イタリア語、
そしてカタルーニャ語を喋れるのだそう。
「私たちがバルセロナで働くには、それが必要なのよ」

「今日、ラバルという地区に行ってみた」と話すと、
「あそこには移民が多い地域。危ない人たちもいるけど、
 レストランのキッチンで働いている人がたくさんいる。
 みんながあそこに住むのは、家賃が安いからなの」と。

このお店は、開業して5年ほどで、
ご夫婦の間には3歳の双子の男の子がいます。
海外からやって来てバルセロナで店を構え、
地元の常連さんたちとすっかり馴染み、
愛されているこのご夫婦は、そこに至るまでに
どんな経験をして来られたんだろうと思いつつ、
バルセロナを後にしたのでした(バルセロナ編、おわり)。

*ここはBAGARIAという名前のお店です。 
 バルセロナの地元の雰囲気を味わってみたいという方は
 ぜひ覗いてみてください。
 BAGARIA https://www.facebook.com/bagariabarcelona/


2019/05/21(Mon)
バルセロナのジェントリフィケーション(7)


バルセロナを歩いていると、移民の人たちが
いろんな方法で生計を立てていることに気づきます。

観光に関するところでは、インドの男性が土産物や
インドの布を道やビーチで売っていたり、
アフリカ系の男性が偽ブランド品を大規模に売っていたり、
イタリアのジェラート屋が多く見られたりします。

さきほどのラバル地区は移民街になっていますが、
トルコのケバブ屋や、イスラムの食材店やパン屋など、
同郷や同宗教の人たちのためのお店もいろいろあります。
またフィリピンの人たちは、自分たちのお店を出さずに、
いろんな飲食店のコックやシェフとして多く働いているのだと。

アメリカではトランプ政権が移民を締め出そうとしていますが、
スペインは移民を容認する政策を取っているそうです。
目と鼻の先がアフリカで、中東にも近いというロケーションで、
観光客がいっぱいやって来るバルセロナには、
合法な仕事も、非合法な仕事もいっぱいあるのでしょうが、
その多様さに改めて驚きました。


2019/05/21(Mon)
バルセロナのジェントリフィケーション(6)


ジェントリフィケーションが起こっている時の
バロメーターとしてアメリカでよく言われるのは、
お洒落なカフェやビール醸造所ができるというものですが、
住民の階層が上がっているかどうかでいうと、
より確かなのは、高級食材屋のようです。
食材を持って帰ろうという距離に住んでいるから
そのお店で買い物をしようと思うわけですね。

さきほどの、歩行者空間化した生鮮市場の前には、
二つの食料雑貨屋が並んでいました。
左は、前に子どもが乗る馬ののりものが置いてある
昔からのお店で、右はオーガニック食材を扱うお店です。

次の写真は、もう少し北側、グエル公園の近くにある
グラシアという地区にあった野菜屋さんです。
店名などに英語が使われるようになるというのも、
ここでは一つのバロメーターになっているようです。
そしてこの地区の家賃はそろそろ、庶民的ではなくなっているようです。

ピカソ美術館を含むカスク・アンティック地区は、
70年代後半、フランコ独裁政権崩壊後に、
市民団体を中心に立てられた、多孔質化を中心とした
修復型のプランが採用され、歴史的建築物を活かした
まちなみを残しつつ、アメニティを向上させることに
成功しています。

その結果、界隈にはお洒落なカフェやレストラン、
洋服屋、雑貨店などが増えていきました。
日本でよく見られるまちの高感度化と同じ道筋です。
阿部さんと一緒に歩いてみると「空き店舗が多くなっている」とのこと。
家賃が上がり過ぎているのかも知れません。
(大阪でもかつてアメリカ村や堀江で、そういうことが起きていました)


2019/05/20(Sun)
バルセロナのジェントリフィケーション(5)


バルセロナ市では十数年前から、「スーパーブロック」と呼ばれる、
道路空間の大変革をおこなっています。
https://citiesofthefuture.eu/superblocks-barcelona-answer-to-car-centric-city/

これは、正方形の街区9つ分(3×3)の外側のみを
車が走れるようにして、その内側の道路は
基本的に歩行者空間に変えてしまう、というものです。

上の記事にありますが、クルマ社会化が進んでいた
バルセロナ市では、空気汚染やCo2、騒音の問題などが
深刻化していましたが、その改善プロジェクトを任されたチームが、
市内のバスルートや運行スケジュールを徹底的に見直すことで、
道路交通量を画期的に減らすことに成功しています。
ちなみにこのプロジェクトチームの中に、
僕が一時ケンブリッジのカフェで毎日のように
顔を合わせていたMIT研究員の吉村有司さんもいたそうです。

「交通量が減ったんだから、道路はそんなにいらないはず」
実証データに裏打ちされる形で、クルマのための街から
人間のための街へとリ・デザインするという営みが、
このスーパーブロックなのです。

写真は生鮮市場前のスーパーブロック。歩道と車道の高さを
一緒にしてあって、とても歩きやすくなっています。

このように、バルセロナの公共空間は
非常によく考えられてリ・デザインされています。
それを見に行くだけでも、十分に価値がありそうです。


2019/05/20(Sun)
バルセロナのジェントリフィケーション(4)


阿部さんには、バルセロナの中での旧市街再生事業が
実施された場所をご案内いただきました。
その一つ、ラバルという、バルセロナのメインストリート、
ランブラス通りの西側にあるエリアについて少し。

この地域の起源は13世紀に始まり、
18世紀に市街地化が本格化します。
やがて建物の増改築が重なり、通風や日照に問題のある、
密集住宅地になっていました。1980年頃には高齢化と
人口減少が起こり、失業者と退職者の多い街に、
そしてそれを埋めるように多くの移民が暮らす街に
なっていました。

1985年に承認され、その後実施された地域再生事業では、
地域に文化的施設を作ったり大学を誘致することで、
さまざまな市民がこの地域にやって来る目的を創出したり、
密集していた建物を除去して、質の高い公共空間や
緑地を設けること(多孔質化)によってアメニティを高める
ということを行っています。

*詳しく知りたい方は、阿部さんの本をぜひ。

写真上は、バルセロナ現代美術館(MACBA)。
写真下は、衰退していた5つの街区を取り壊して
生まれたラバル遊歩道です。

こうした再生事業の結果、ラバル地区は従来より
地価が上がったり、ミドルクラスが住むようになったり
しているそうです。一方で、犯罪の匂いの色濃くする地域も
中に残されているため、一気に住民が入れ替わるという
状態にはなっていないようでした。


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