過去の日記

2018/02/20(火)
大阪府ナイトカルチャー発掘・創出事業の募集
来年度の大阪府ナイトカルチャー発掘・創出事業の募集が、
本日14時にスタートしています。
http://www.pref.osaka.lg.jp/hodo/index.php?site=fumin&pageId=30040

主に外国人旅行者を対象とした
大阪の夜を楽しむことができる舞台公演や文化体験などの
コンテンツの創出に取り組む事業に対して、
上限500万円(継続事業250万円)を補助するというものです。〆切は3/27(火)

継続し、自立を目指す事業者を募るというのが、
事業の趣旨かと思います。
この球を打ち返せる、打ち返したいという方は、
慎重かつ大胆に臨んでみてください。             


2018/02/19(月)
Walkin’About@明石


そして次々回は、3/24(土)に明石を探ります。

自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき
「Walkin’About@明石」

開催日:2018年3月24日(土)
集合時間・場所  15:00 @JR明石駅中央改札 
再集合時間・場所 17:00 @同上  参加無料 

 明石の地は瀬戸内海(播磨灘)に面し、古代から阪神と播磨を結ぶ陸上交通、本州から淡路島を経て四国に通じる海上交通の重要な拠点になっていました。付近の海域には流れの速い潮流と複雑な地形に形成された多くの産卵場、育成場があり、古くから沿岸漁業が盛んに行われてきました。現在でも真鯛や真蛸、穴子などの魚介類の産地として有名です。

 1619(元和5)年、信濃から明石へ移封された小笠原忠真が明石城築城を開始。並行して城下町の町割りも実施し、当時客分だった宮本武蔵が指導したとされ、町の東部を商人と職人の地区、中央部を東魚町、西魚町など商業と港湾の地区、西部は樽屋町、材木町とその海岸部には回船業者や船大工などと漁民が住む地区という風に整然と町割りがなされ、小笠原家10万石、後に松平家8万石の城下町として栄えました。

 明石海峡大橋開通前は明石フェリーの玄関口であり、近年は神戸市や大阪市、阪神間のベッドタウンとして住宅が造成され、人口は増加を続けています。東経135度が通る日本標準時の町としても知られています。

 今回はこの地を、みなさんの視点で切り取っていただきます。

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 “Walkin’About”は、参加いただくみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。
 参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験を発表いただき、シェアします。

【主催・お問い合わせ】
大阪ガス螢┘優襯ー・文化研究所 都市魅力研究室 担当:山納 
Tel 06-6205-2366 http://www.toshimiryoku.jp


2018/02/19(月)
Walkin’About@吹田


そして今後のWalkin'Aboutについて。
次回は、3/11(日)にJR吹田駅周辺を探ります。

自分が行きたい場所を訪ねるまちあるき
「Walkin’About@吹田(吹田市)」

開催日:2018年3月11日(日)
集合時間・場所  14:00 @JR吹田駅中央改札 
再集合時間・場所 16:00 @同上  参加無料 

 吹田市からは、旧石器代から中世にかけての多くの遺跡が発見されています。特に古墳時代の須恵器の窯跡や難波宮、平安京宮殿の造営に関係する瓦窯跡が注目されています。平安時代から鎌倉時代、そして近世以降は、大阪と京都を結ぶ水陸の交通の要衝として栄えました。

 国鉄吹田駅の開業は明治9年(1876)。明治24年(1891)に大阪麦酒(現・アサヒビール)が創業。大正12年(1923)には国鉄吹田操車場が開業。大正から昭和にかけて吹田は「ビールと操車場の町」といわれるようになりました。翌13年(1924)、吹田駅が東へ約200mの位置に移設されたことで、駅前から南の高浜神社へ通じる新道に沿って商店や市場、旅館、寄席などが形成され、旭町商店街は北摂随一の商店街と言われ、遠方からの買い物客で賑わいました。

 1960年代、吹田市には日本初の巨大な公団住宅群の千里ニュータウンが建設され、昭和45年(1970)には日本万国博覧会が開催され、全国から注目されました。

 今回はこの地を、みなさんの視点で切り取っていただきます。

画像左:大正12年(1923) 右:現在

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 “Walkin’About”は、参加いただくみなさんに、思い思いのコースをたどっていただく“まちあるき”です。
 参加者の方々は、集合場所でエリアについての説明を受けたあと、解散。約90分後に再び集合いただき、それぞれの見聞や体験を発表いただき、シェアします。

【主催・お問い合わせ】
大阪ガス螢┘優襯ー・文化研究所 都市魅力研究室 担当:山納 
Tel 06-6205-2366 http://www.toshimiryoku.jp


2018/02/17(土)
京都駅周辺の風景(6)


この1月末に、京都駅から徒歩5分のところ、
塩小路通りと高倉通りの交差点の南東に
崇仁新町という屋台村がオープンしました。
http://sujin-shinmachi.com/

崇仁地区には、今から5年後に
京都市立芸大が移転してくる予定ですが、
それに先立ち、アートと地域のコミュニティの
結節点をつくることを目指した取り組みです。
屋台村は、2年半の間営業するそうです。

今から3年前に、京都市立芸大で彫刻を教える
アーティストの小山田徹さんは、この場所で
「ウィークエンドカフェ」を開催していました。
屋台を持ち込み、テントを建て、たき火を起こして、
集まった人たちで語り合う、そんな場になっていて、
「つながるカフェ」の中でも紹介させていただきました。

当時、小山田さんはこう語っていました。

「ここにあった市営住宅は集約され、移築されます。
 住民の方々の多くは移転に賛成されていますが、
 反対している人たちもいるので、時間をかけて
 進めていかないといけません。
 そのための対話の場をつくるために、
 この場所にウィークエンドカフェを持ち込んだのです」

「たき火をしていると、自己紹介をしなくても
 会話が始まります。火の前にいるのは自然なことで、
 黙っていてもいいし、しゃべっても大丈夫
 というのがいいですね」

Walkin'Aboutの後、僕は中高の先輩の石さんと、
屋台村の中にあるたき火の所に行き、お酒を飲みました。
そこには2組の男女がいて、楽しそうに話していました。

その1組が、僕たちにもお酒をついでくれました。
実はこの2組は今日出会ったばかりで、片方は地元、
片方は名古屋から来ていた人たちでした。

地元の男性は、電設関係の仕事をしているそうで、
京都タワーの上、地上130mの場所で命綱をつけて
仕事をしたこと、淡路島にいいキャンプ場があり、
そこでガチにアウトドアを楽しんだ話、
駅の南の方に新しく劇場ができる話などを、
聞かせてくれました。

「たき火はええなぁ。今日はこの火でつながった縁やったなぁ」

この屋台村には、地元の人たちもお店を出していて、
この場所を、より身近に感じておられるようでした。
小山田さんのビジョンは、崇仁地区に新たなつながりを
たしかに生み出しているようです。



2018/02/17(土)
京都駅周辺の風景(5)


Walkin'About中に、七条七本松にある「喫茶NASU」へ。
カレーが有名で、1965年からやっているお店です。
お店に入ると、中には店主しかおらず
ジャズが大音量でかかっていました。

僕はカウンターに座り、ホットを注文。
店主はすぐにボリュームを下げようとしましたが、
僕は「いえ、むしろこのままで」と。

他のお客さんが入ってきた時には、
さすがに小さくされましたが、店主はその後、
音源をCDからレコードに変えました。

僕がレコードのジャケットを見ていると、
「ミルト・ジャクソンやな」と店主。
カウント・ベイシー・オーケストラとのセッションで、
僕は英語のライナーノーツを読み込みながら
「コラボレーション版なんですね」と尋ねると、
店主は「まあ、そうやな」と。
鼻歌で歌いながら、テキパキと仕事をこなしています。

店主は無言で、レコードを変えたり、
ジャケットを目立つ場所に置き直したりしていました。
他のお客さんは常連さんばかりで、
スポーツ新聞やビッグコミックを読んでいたり、
お客同士で喋っていたりするので、これらの動きは
明らかに僕に向けられたものでした。

そんなおもてなしをずっと味わっていたかったのですが、
再集合の時間が迫っていたので、お勘定をお願いし、

「実は6、7年前に一度寄せていただいました。
 その時に教えていただいたアーティストの名前が
 どうしても思い出せないのですが」と。

すると店主は、「その頃やったら、兄貴やな」と。
「お兄さんも、ジャズにお詳しいんですか?」
「ああ、僕よりも。もう亡くなったけどな」

当時のことを日記に残していなかっただろうかと
その後探してみましたが、出てきませんでした。
そしてその後足を運ばなかったことを後悔しました。
近々にまた、ジャズを聴きに行こうと。

喫茶NASU
 京都市下京区朱雀裏畑町32 Tel 075-313-8470
 https://tabelog.com/kyoto/A2601/A260203/26013726/

*ミルト・ジャクソンとカウント・ベイシー・オーケストラとの
 セッション版については、この方のブログが詳しいです。
 http://blog.goo.ne.jp/8823blue/e/3d071b650b33ffc9853da953df1b1e8b


2018/02/15(木)
京都駅周辺の風景(4)


京都市内では、歴史的景観を保つために
建築物の高さを制限していますが、
京都駅南側ではこの規制が比較的緩く、
かつ交通至便であることから、
現在複数のホテル建設が進められています。
https://mainichi.jp/articles/20171216/ddn/008/020/044000c

これは当たり前に聞こえるかも知れませんが、
バブルの頃までは、都心の一等地に建つのは
基本的には商業施設やオフィスビルでした。

バブルが弾け、地価が下がってきたときに
都心にもマンションがどんどん建ちましたが、
これは、都心回帰により住居の需要が高まっていたこと、
分譲であれば、投資が短期で回収できること、
などが背景にありました。

そして今、都心にホテルが林立しようとしています。
また、オフィスをホテルにリノベートしたり、
住宅を民泊として転用するという動きも盛んです。

背景には訪日客増加による需要の高まりがあるわけですが、
これはかつての商業>オフィス>住宅>ホテルという
収益性の序列が変わりつつあることを示しています。

ただ、こうした不動産活用のトレンドが
今後どうなるのかを見極めるのは困難です。

民泊にも使えるようなマンションを建てたり、
介護施設に転用できるようにホテルを建てたり、
という動きが最近見られますが、これらは、
長期的に投資をしてハコモノを開発する事業者の
現実的な選択なのでしょうね。

写真左:もと代ゼミの建物を転用したホテルカンラ京都
写真右:ゲストハウスに用途変更される住宅


2018/02/13(火)
京都駅周辺の風景(3)


京都駅から北東に10分ほど歩いたところ、
小稲荷町にある精肉店「松阪亭」には
「牛しぐれ煮サンド」というメニューがあります。
https://macaro-ni.jp/43100?utm_source=navitime_app&utm_medium=web_view

注文してから肉を焼いてバンズにはさむので
4分ぐらいかかるのですが、びっくりするほど美味です。
これで300円というのに驚きます。
他に「牛焼肉サンド」「牛タンサンド」なども。


京都駅から南東に10分ほど歩いたところ、
東九条東岩本町にある「カタパン屋 亀井商店」。
http://take.promo/?eid=122

ここの商品は「まる」「さんかく」「かたぱん」の
3つだけで、小麦粉と砂糖と水だけで作っています。
「まる」を頂きましたが、優しい味のパンケーキという感じ。
かなり大きいのですが、1枚120円とお得です。
かたぱんの方はすごく固いので、歯でかまず、
砕いて口の中でしがんだ方がいいかと。

僕が行った時にはお母さんと娘さんが
炭火と鉄板で「まる」を焼いていました。
150年前から同じ作り方で出しているそうです。

Walkin'Aboutの醍醐味の一つは、こんな風に
ローカルフードの絶品に出会うことです。
イースト京都駅の呑み屋にはもっと色々あるのですが
ここではマイルドな方をご紹介しました。

*「まる」の写真を取り忘れたので、参加いただいた
 柴田さんの写真を拝借しました。


2018/02/12(月)
金曜昼の店主が決定しました!
4日前に告知させていただきました、
コモンカフェの金曜昼の店主募集ですが、
おかげさまで、新店主が決定いたしました。

情報拡散にご協力いただいたみなさま、
ありがとうございました!お世話になりました!

また、週末や平日夜の利用につきましては
随時お会いして、判断させていただきますので、
ぜひ取り組んでみたい、という方がおられましたら、
info@talkin-about.com までご連絡ください。

どうぞよろしくお願いいたします。


2018/02/12(月)
京都駅周辺の風景(2)


京都駅北側を東西に走る塩小路通りから
東洞院通を上っていくと、ホテルの建設予定地で
埋蔵文化財の発掘調査を行っていました。

文化財保護法では、埋蔵文化財があるとされる土地で
開発行為を行う場合には届出を出す必要があり、
開発中に埋蔵文化財が発見されると、
発見者は現状を変更することなく、文化庁長官に
届け出なければならないことになっています。

事業者に発掘調査の手間と期間をかける資金力があり、
かつそこが、それだけ魅力ある土地であるということが
この看板から読み取れます。

そこから少し北に行くと、現在開発を始めつつある土地に、
こんな看板が立っていました。

“地面師に気をつけて下さい。被害にあった方がおられます”

地面師とは、他人の土地の所有者になりすまし、
無断で売買して利益を得る人のことをいいます。
標的となる土地を探す役、所有者になりすます役、
偽造書類を作成する役によるグループで
構成されているそうです。

この土地は長年開発が進まず、塩漬けになっていましたが、
ここに来て開発の条件が整ってきたようです。
その背景には、われわれ凡人には及びもつかないような
複雑な思惑と駆け引きがなされているのでしょう。


2018/02/12(月)
京都駅周辺の風景(1)


昨日のWalkin'About@京都駅には、
10名の方にご参加いただきました。
多くは常連の方々ですが、今回は「上京ちず部」の
石さん、南さんに初めて参加いただきました。
石さんは僕の中高の2年先輩で、
31年ぶりの再会となりました。

現在の京都駅周辺は、平安京の造都の時にも、
秀吉の都市改造の時にも洛中と洛外の境界に位置しており、
明治10年に京都駅が開業した時にも、
旧来の繁華街からは離れた場所でしたが、
鉄道駅が都市の玄関口となるにつれて、
繁栄の中心地へと変化していきました。

太平洋戦争で空襲を受けなかったことで、
歴史的資源を豊かに残したエリアは多くの観光客を
集めるようになり、宿泊施設、駐車施設、交通システムなど、
観光客を迎え入れるためのインフラが整備されました。

ですが、もともとマージナルな領域であった
京都駅周辺は、都市が孕んでいた権力関係を反映した
都市構造をいまだに残しています。

それが外国人観光客の急激な増加と、
大学の都心への回帰、建物の高さ制限の緩さなどを
背景に、大きく変わっていこうとしているようです。

写真左:駅北東・小稲荷町より駅方面を望む
写真右;駅南・東九条上殿田町より駅方面を望む


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